2020年01月14日

大正時代の中島公園

中島遊園地を中島公園と改称(1911年〜1926年)

大正元年 1912(明治45)年
   弥彦(伊夜日子)神社ご分霊を祀り神社建立。

1913(大正2)年
   9月13日 弥彦(伊夜日子)神社 仮拝殿遷座祭挙行

1918(大正7)年
   8月1日−9月19日 開道50年記念博覧会開催 第一会場
 


上は記念絵はがき、下は迎賓館と名誉橋。 札幌市公文書館所蔵

迎賓館は池の中ほどの島にあり通行のため橋が架けられた。迎賓館は博覧会終了後はライオン食堂として利用された。今風に言えばお洒落なレストランとなる。現在も島は残っている。三つの島の真ん中にある一番大きい島。


手前の大きい島がライオン食堂があった島。2013年8月31日撮影

博覧会は僅か95,000足らずの人口の札幌に、50日間で140万もの観客を集める空前のイベントとなった。

開道50年記念北海道博覧会

札幌市公文書館所蔵の写真、絵はがきより中島公園の歴史に関するものを選んだ。
開拓史設置から50年目を記念して開催。
期間は1918(大正7)年8月1日から9月19日までの50日間。
第一会場は中島公園。


会場の中心に博覧会のシンボル北極塔。


奏楽堂は博覧会終了後も野外音楽堂として親しまれていたが、
公園の変遷の中で、いつの間にか消えてしまった。


拓殖館前の雑踏。中島公園会場の昼間入場者だけで48万余。
空前の規模でパビリオンだけで15棟を数えた。


名誉橋を渡り池の中に建つ迎賓館へ。


迎賓館の夜景。博覧会終了後は池の中にあるライオン食堂として親しまれた。
当時の食堂はちょっと洒落た場所。東京にも渋谷食堂という洒落たレストランがあった。
こうして札幌も近代都市の仲間入りをした。

8月1日 札幌電気軌道会社、停公線(路面電車)開通 
博覧会の為に軌道工事を行い電車を走らせた。
停車場通を南に進んでススキノ、東に曲がり南4条東3丁目に達する路線だった。


札幌区中島公園地(1918年当時の地名) 札幌市公文書館所蔵

博覧会場(中島公園)行きは、停車場通路線に接続して西3丁目通りを南9条まで南進するルートに設定した。

1923(大正12)年 
 2月11日 氷上カーニバル開催 以後継続

参加者の仮想で盛り上がる氷上カーニバル。 札幌市公文書館所蔵 

黒澤明監督の映画「白痴」の舞台になった「氷上カーニバル」は、この年に始ままった。
昔は菖蒲池でスケートができたが、今は立入禁止。 
天然リンクは人が沢山乗ると重みで少し沈むそうだ。面白そうだが危険かもしれない。


昔は凍結した菖蒲池はスケート場となった。 札幌市公文書館所蔵

5月 1日 製氷場とプール改造工事着手
中島プールの場所は今の管理事務所辺り。南北に長い巨大プールで1968年まで存在した。
そして2代目プールが建設され、1969年から1996年まで公認プール(C級)として使用された。その後撤去。


1968年まであった巨大な中島プール。 札幌市公文書館所蔵

1924(大正13)年
  8月21日−23日 第一回全道少年野球大会開催 第四回以降樺太追加 

1925(大正14)年
  8月 1日−5日 全道中等学校水上競技大会開催 
10月 5日−9日 北海道美術展覧会 旧農業館開催

野球、相撲、水泳、スケート、ホッケーその他、スポーツイベント等が目白押しの中島公園は活気があった。
なんとか昔の活気を取り戻したい。しかし、現在は水と緑、歴史と芸術の中島公園を目指している。
なぜか「札幌まつり」だけは賑やかに昔の雰囲気を保っている。

1926(大正15)年
  8月    北大予科対小樽高商対抗第一回水泳大会開催 
12月23日 全道中等学校氷上競技大会開催

posted by nakapa at 00:00| Comment(0) | 大正時代