2020年01月13日

昭和(戦前)の中島公園

産業・スポーツ振興から戦時、敗戦(1927年〜1944年)


昭和初期の菖蒲池と藻岩山。 写真は奥山富作氏撮影

1927(昭和2)年
  6月 7日−20日 第一回フランス美術展覧会開催 
 6月 9日 第一回全道ホッケー選手権大会開催 
 9月28日 幌平橋架橋  
豊平川に幌平橋が架かり便利になったが、川向こうのりんご園の人達は、札幌から川をわたって
リンゴを盗みに来るのではないかと心配していたそうだ。今も昔も世の中は心配の種が尽きない。

この年、尼港殉難碑建立

札幌護国神社内にある「尼港殉難碑」。2013年9月9日撮影

1928(昭和3)年
  6月 5日 NHKラジオ放送開始
 8月 5日−6日 北海道樺太少年野球大会ラジオ放送   

11月29日 J0IKラジオ体操放送開始 ローカル放送
中島公園にNHK放送局が出来た昭和3年、ラジオ体操の放送が開始された。
ラジオ体操は今でも毎朝やっている。場所は南14条橋付近(中島公園南側)の広場や豊平館前などである。


今でも毎朝6時30分よりやっているラジオ体操。2003年8月30日

1930(昭和5)年
  11月3日 第1回全道ラグビー選手権大会開催

1931(昭和6年) 
 5月 9日−15日 第一回北海道美術連盟主催美術展覧会開催 
 7月12日−8月20日 国産振興拓殖博覧会開催 
この年、自動車練習場に使用される。

1932(昭和7)年
  7月21日−9月20日 発明と国産奨励展覧会開催 
 7月21日 放送塔完成  
 この年、札幌専修簿記学校設置

1933(昭和8)年 
 11月17日 札幌招魂社移転

1935(昭和10年) 
 1月13日―14日 第12回北海道樺太氷上選手権大会開催 
10月 3日 札沼線全線開通祝賀会開催 
 この年、中島球場をスケート場に使用

中島球場のスケート場は球場が閉鎖される1980年の少し前までやっていたと思う。
私もスケートに行ったことある。スケート場、水泳プール、子供の国など人様の遊び場は減った。
代わりに犬の遊び場が増えたような気がする。

1937(昭和12)年 
12月 6日 第5回冬季オリンピック札幌大会氷上競技場の工事に着手

第5回冬季オリンピックのポスター。 札幌市公文書館所蔵

IOCで決定したのに戦争のため返上。そのため「幻のオリンピック」と言われている。
スピード、ホッケー、フィギュア等、スケート競技は中島公園で開催することに決まっていた。 
詳細はこちら → 幻のオリンピック


北海タイムス1937年9月8日切抜き。 札幌市公文書館所蔵

戦争さえなければ中島公園で冬季オリンピック開催のはずだったが、流れてしまって残念。
あれから34年再び札幌の地でオリンピックを開催することになったが、スケートは真駒内にもっていかれた。
ああ!幻のオリンピック、なんで消えたしまったのだ。このページを飾るはずだったのに……。

2013年9月8日、2020年の東京オリンピック開催が決定した。
札幌と同様1940年に東京で開催されるはずだった東京オリンピックも、札幌と同じ理由で返上した。
このような結果を招かない為には平和を守ること、そして原発問題を解決すること、この二つが大切と思う。
決定した以上、ぜひ開催してほしい。

1940年開催予定だった「幻の五輪」

以下の画像は札幌市公文書館所蔵。2020年の東京オリンピックが決定した。
実は東京開催が決まったのは3回目。1940年にも東京と決まったが、翌年には返上している。
理由は日中戦争の拡大の様だ。


1937年 第5回冬季五輪が札幌に決定したが、戦争のため翌年に返上。
中島公園はスケート会場の予定だったが幻となる。


札幌市民は提灯行列までして喜んだのに本当に残念。
オリンピックが開催できるのも平和あっての話。
2020年の東京オリンピックは、原発問題を解決し平和を保ち、
決まった以上は是非開催してほしい。


札幌オリンピック決定を喜び、これから提灯行列に行く生徒たち。


準備は着々と進んでいたが……。


「幻のオリンピック」の32年後、1972年に札幌オリンピックが開催されることになる。
規模の拡大したオリンピックでは中島公園の出番はない。スケート会場は真駒内等となる。
以上の画像は札幌市公文書館所蔵。

1938(昭和13)年 
 1月13日 冬季オリンピック競技スケートリンク修祓式(しゅうばつしき)挙行 
 1月14・15日 全国氷上競技選手権大会開催 
 8月10日 市立高等女学校が全焼した後新築落成。

市立高等女学校は今の札幌パークホテルがある場所に建っていた。
後に中島中学校(現在は近くの電車通に移転)となる。

1939(昭和14)年 
 4月1日 札幌招魂社を札幌護国神社と改称

札幌忠魂社は1939年札幌護国神社と改称。 札幌市公文書館所蔵

 5月   風致地区指定
風致地区とは、都市計画法に基づく地域地区の一種で、都市の風致
(札幌市においては、本市の自然的環境の骨格をなす山並み、丘陵、河川及び市街地に残る
緑地を中心とした緑豊かな都市環境をいいます)を保全するために定められた地区。 

1940(昭和15)年 
10月 3日 日独伊三国同盟大政翼賛会道民大会開催 
 この年、札幌護国神社神域拡張、北部軍憲兵指令部設置 旧農業館接収

何となくきな臭くなってきた。こうなると中島公園だけ風光明媚、平和を楽しむわけには行かない。
私の生まれた年だが、これから先は坂を転げ落ちるようなものだった。

1941(昭和16)年
  2月11日 氷上カーニバル最後の催し
 7月21日−30日 国民学校児童 中島運動場 中島プール勤労作業
 7月22日 北海道地方防空学校消防会館に設置
 8月    木下成太郎像建立(今でも菖蒲池東側の森の中にある)

        木下成太郎像の詳細→ シンポジウム2010「北の彫刻」

戦争が始ると何もかも戦争のためになってしまう。中島公園も例外ではない。
戦争に向かって転がり始めたらおしまいだ。誰も止めることは出来ない。
このことは歴史が証明している。予兆を見つけて転がる前の対応が重要と思う。

1943(昭和18)年 
 9月27日 アッツ島玉砕兵士慰霊祭挙行 

1944(昭和19)年
  8月19日 札幌市立高等女学校に看護婦養成所併置


1944年 戦争末期の寂しいボート乗場  札幌市公文書館所蔵

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posted by nakapa at 00:00| Comment(0) | 昭和(戦前)
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